女たちよ 男たちよ 子供たちよ / 伊丹十三 / 文芸春秋 / 1979年初版 / 192x135mm / 374ページ / ソフトカバー / 2,000円+200円=2,200円
※状態、ジャケット角端に少スレ&少ヤケ、天小口に点状の少シミ、見返しに古書店シールx1はございますが、他に目立つダメージはございません。
●内容、
いかなる育児理論にせよ、親の人生から育児だけを切り離すことができるわけではありません。親が安全圏にいながら、子供だけを一方的に操作するというようなことはもとより不可能であります。子供は親との関係において作られるのであり、その関係は親の全人格、生き方のすべてをまるごと反映してしまうわけですから、育児について語るということは、そのまま親の生き方について語ることであり、それはつまり、人間とは何か、人は何のために生きるのか、という問いに答えることに他なりません。
本書を生み出す過程において私が学んだ最大のことはおそらく次のことでしょう。すなわち、自分に出会えない人間は他者とも出会えない、ということです。逆にいうなら、他者と出会うためには、まず自分と出会うことが必要であるということです。自分で自分を解放し、自分が自分になってゆくことを回路としてのみ、人は他者と出会うことができるのだ、といってよいでしょう。他者のうちには当然、子供も妻も仕事仲間も含まれますから、子供を育てるということと、妻とどのような回路で出会っているのかということ、仕事仲間とどのような人間関係を築こうとするかということ、自分がどのように自分であるかということ、はすべてお互いに影響しあっており、一つだけ切り離すことが不可能なのはいうまでもありません。本書の中に、一見子育てと無関係であるかのように見える、他の問題や仕事場における問題が出てくるのはそのような理由によるものです。(まえがき部分)
目次
第一部女たちよ!
性感論的女性論 / 性的道具であることを越えて /
第二部男たちよ!
死教育 / 発声練習 / 老後 / 衣裳論 / 夜泣き / 二人目 / 熊のプーサン / 睨みの研究 / 男女平等 / イチカメ / スタッフ / インタビュ / 知的生活者諸君! / 「どうでもいいや」 / 朝鮮野球 / ヤラセ / 恐怖の人 / ニコニコカメラ / ブールサイド / 父享子 / 円盤 /
第三部 子供たちよ!
自殺論的育児論 小説「死にたがる子」をめぐって / 陈外論的育児論 人はいかにして自分の主人たりうるのか / 出会い論的育児論 人はいかにして他者と出会えるか /
自由论的育児論 子供を育てる「良い方法」はない / 受容论的育児論 子供のありのままの姿を見るということ
第四部女たちよ!男たちよ!子供たちよ!
自我論的育児論 「ずれ」と不安定